私が伊丹でシニアの居場所を作ろうとしている理由。。。
後付けなのか、潜在意識にあったのか
わからないけど。。
今はこの世にはいない叔母ちゃんのことがあると思う。
私には親戚におばちゃんが8人いる(いた)けど、
そのうちの、母の2番目の姉で、
小さい頃からずっと「伊丹のおばちゃん」と呼んでいたひと。
伊丹のおばちゃんは、
母の兄弟の中では唯一の、
いわゆる「お金持ち」だった。
他のおじちゃんやおばちゃんとこやうちは
みーんな団地住まいで(その後、持ち家に
移ったところもあるけど)
伊丹のおじちゃんは大手建設会社の重役で
大阪の某病院の前を通るたび母に
「ここは伊丹のおじちゃんが設計して建てたんやよ」
と教わり、
また、金利がすごくいい時には
伊丹のうちのお金を貯金するのに
私たちのなまえを通帳に貸してあげるほど
お金持ちだったみたいだ。
でも、おばちゃんは幸せそうではなかった。
他人を他人が幸せとか不幸とか決めつけるのは
私はできないことだと一方で言いながら、
伊丹のおばちゃんの場合は、
子どもの時から幸せそうじゃない雰囲気を
感じていた。なぜだかはわからないが、
母の他の兄弟とは違う、なんだかしんどそうな
雰囲気を感じ取っていた。
私の大学入学祝いにおばちゃんがスーツやコートを
買ってくれた。
デパートのブランドショップで服を買うのは初めてで、
緊張して、何を選んだらいいのかわからず、
その金額の高さにびっくりして、
申し訳ない気持ちが大きくて、恐縮してしまい、
わーい、嬉しい♡と、素直に可愛く喜べなかった自分を
今でも後悔している。
晩年、おばちゃんはお兄ちゃん一家と
二世帯で住んでいたが、
やっぱりあんまり幸せそうじゃなかった。
(こんなこと言ってごめんなさい)
おばちゃんはたまに会うと、
「真理子、遊びにおいで」と言い、
私は「うん、行くね」と言いながら
一度も行かなかった。
そのうちおばちゃんは癌が再発し、
転移して亡くなってしまった。
おばちゃんが入院してから
おそらく親戚で一番よく通ったと思う。
なんで今頃だ!
自分が腹立たしかった。
今おばちゃんとこに行っても
何もできひん、手遅れやん!
今、自分史に関わっていて、
どうしておばちゃんのこれまで生きてきたお話
聞かなかったんだろうと思う。
おばちゃんに、家においでと言われたときも
一対一で話すこともないし。。。
と思ってしまっていた。
おばちゃんの家をわざと通るときがある。
本心は避けたい。
見ると、辛いから。。。
でも、逃げたらダメだという気持ちから
敢えて通ることがある。
可愛がってもらった感謝の気持ちを大切にしないと。。。
そして恩返ししないと。。。
おばちゃんにはできなかったけど
おばちゃんがいた
この伊丹でお年寄りのためになにかできたらなーと思う。
その前に目の前にいる母の話を
聴く時間も持たなくてはなー
最近忙しさにかまけて老親のことがおろそかで
アカンです( ̄▽ ̄;)

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